第4回 フレーベル館 ものがたり新人賞
最終選考会は石井睦美先生、高楼方子先生、山本省三先生、フレーベル館取締役の4名にて、2023年3月7日に行われ、大賞1作、優秀賞1作が決定いたしました。
第4回受賞作品
<大賞>
「トモルの読書感想文」
戸部寧子(とべ やすこ)
小学5年生の夏休み、トモルはおばあちゃんの家で、とつぜんあらわれたりいなくなったりする姉のめぐるちゃんと日々を過ごしていた。残る宿題は読書感想文のみだが、トモルは本を読む代わりに、自分で物語を作ろうと思いつく。そんなトモルにめぐるちゃんはある物語を聞かせるが、そのせいでトモルの現実は夢と溶けあってあいまいになっていく。 そしてお盆の日、トモルは、めぐるちゃんの出生の秘密を知る。めぐるちゃんとのひと夏を、トモルは物語として書きあげ、だれにも見せずにおくことを決意する。
トモルの海
戸部寧子/作
田中海帆/絵
*「トモルの読書感想文」改題
書籍詳細ページ
<優秀賞>
「ひかる宇宙船」
小路智子(しょうじ ともこ)
心臓病で入院中の小学6年生のナナは病棟の中にあるプレイルームで気になる貼り紙を見つけ、それを書いた年上の男の子、テルと出会う。心臓病で入院歴が長いというテルだが明るくて頼もしい。ある日、病院のグランドピアノを弾くために、テルはナナとふたりで病棟を抜けだす。この冒険が、病気に立ち向かい、挑もうとする強さをふたりに持たせる。病院でのピアノコンサートの日、治療室へ向かうテルを見送ったナナは、想いをこめてピアノを丁寧に奏で始めた。
(以上2作品)
最終選考経過と選評 山本省三
正直なところ、今回ほど「新人賞」の意義を深く問われた選考はありませんでした。それというのも、最終候補作として推挙されたどれもが、過去の受賞作と比較して、完成度においてはいまひとつだったからです。一時は該当作なしとしようかと選考委員の意向も傾きかけました。その一方で、魅力ある世界を内包するものや作家の資質を大いに感じさせる表現が随所に見受けられる作品も存在し、それらを捨てがたい思いもありました。
そこで、「新人賞」の作品に高度な完成度を求めるのは妥当なのか、可能性に重きをおくべきではないか、ここから作家としての育ちを予感させる作品を選びたいなどの議論がかわされ、改めて「トモルの読書感想文」と「ひかる宇宙船」の二作を「ものがたり新人賞」の対象として、検討しなおしました。
「トモルの読書感想文」は、ひと夏を祖母の家で過ごす少年の物語です。存在が不確かな姉とのやり取り、自分で物語を創作し、その感想文を書くといったエピソードが散りばめられ、現実と幻想が入り混じった世界が展開されます。個々の描写は、優れた感性と表現力を感じさせますが、設定等にいろいろと不備があり、書き足りてないとの印象が残りました。
「ひかる宇宙船」は、心臓病の手術のため入院した少女と、病院内で出会った、やはり心臓を病む年上の少年との交流を描いています。ピアノコンサートの開催が物語をけん引し、担当医など魅力ある人物も多々登場し、作者の筆力がうかがえます。ただ、この作品は、主人公が二人であるのに、少女側の一人称で執筆しているため、少女に比べ、少年の心情が読者に伝わりにくい難がありました。
両作ともさらなる推敲が必要であるが、それによって、従来の受賞作をも越える可能性を持つのはどちらかということで、選考委員全員が「トモルの読書感想文」に賭けたいとの意見でした。この結果を受け、栄えある第4回フレーベル館ものがたり新人賞には「トモルの読書感想文」が選ばれました。おめでとうございます。作品の磨き上げ、期待しています。
◆やまもと・しょうぞう
神奈川県生まれ。日本児童文芸家協会理事長。絵本や童話、パネルシアター、紙芝居の執筆など、幅広く活躍。作絵を手がけた「ゆうれいたんていドロヒュー」シリーズ(フレーベル館)など。
選評 高楼方子
「トモルの読書感想文」――夏休み、海辺の祖母の家に滞在している少年が、読書感想文に頭を悩ませながら、元気いっぱいの姉とひと夏を過ごす。少年に姉などいないのに変だとも思わずに。設定もさることながら、この姉が非常に魅力的に描かれていることと、生き生きした二人のやりとりが作品を輝かせている。そうした独特の輝きこそ物語の質を決めるものだと思う。本作には情景描写の不足など問題も多々あり、手放しで絶賛することはできなかったが、真剣に改稿することで、抒情性ある深く面白い作品になると思われたため、大賞に推すことにした。
「ひかる宇宙船」――心臓疾患で入院を余儀なくされた少女が病棟で少年に出会う物語は、命に関わる切実さを帯び、一見特殊な設定に映るが、自分たちのその日々は、本来的な日常の外にある「番外編」などではなく、堂々たる本番の人生なのだと語る少年の言葉によって、一気に普遍性ある物語へと昇華する。誰しもがそれぞれに固有の生を背負っていると気づかされるのだ。だからこそ彼等が企む院内でのささやかな掟破りも、大胆で意味深い冒険になる。この作品は、最終五作の中では、内容構成の両面で、最も完成度が高く読後感も良かった。
◆たかどの・ほうこ
北海道生まれ。絵本、児童書、翻訳、エッセイと幅広く執筆を行う。『わたしたちの帽子』、作絵を手がける「つんつくせんせい」シリーズ(以上、フレーベル館)など。
選評 石井睦美
「フレーベル館ものがたり新人賞」には「ものがたり」という言葉と「新人」という言葉がはいっています。この「新人」とは、まだ本を出していない人ではなく、瑞々しい感性を持ち、こんな物語はいままでなかったという作品を世に送り出す人のことではないでしょうか。
大賞の「トモルの読書感想文」は、主人公の「おれ」が見ている世界の初々しさといったものにまずひかれました。小学5年生が小学5年生の目で見ている世界の描写がきらきらしているのです。そんな語りの素直さに反して、物語のなかにべつの小さな物語(弟と姉がそれぞれ物語を書き、その物語は緩やかに呼応している)を仕込む等、かなりストラクチャーな作品です。構造自体は成功していると思いましたが、もうひとつ重要なファンタジー部分を担う姉の存在の描きかたに傷がありました。
優秀作の「ひかる宇宙船」は、今回の応募作のなかで一番完成度が高かったように思います。ともに心臓病を抱える少年と少女の、院内でのささやかな、けれど勇気あふれる冒険を主軸に作品は描かれています。身体に病はあっても心は生命力に溢れているふたりがとてもよかっただけに、ともに冒険をし、ましてや少女のためにそれを計画し実行した少年への気持ちの描写に物足りないものを感じてしまいました。
◆いしい・むつみ
神奈川県生まれ。作家、翻訳家。2005年~2013年1月まで雑誌「飛ぶ教室」の編集人として活動。『12つきのおくりもの』『みんな、星のかけらから』(以上、フレーべル館)など。