第1回 フレーベル館 ものがたり新人賞
最終選考会は石井睦美先生、高楼方子先生、山本省三先生、フレーベル館代表取締役社長の4名にて、2018年3月16日に行われ、大賞1作、優秀賞2作が決定いたしました。
第1回受賞作品
<大賞>
「右手にミミズク」
蓼内明子(たてない あきこ)
小学6年生のタケルはいまだに右と左の区別がつかない。東京からやってきてまだクラスになじめないミノリに、おせっかいなタケルは、ミミズクの絵を右手に描いてもらって近づく。また、父の食堂でよく見かける父子が、ミノリの弟リクであることもわかった。リクがしょんぼりしているのは、短気ですぐにどなりつける父親のせいだとミノリから聞く。父親とミノリの間にある深い溝を知るタケル。ミノリの悩みを少しでも解決することが自分にできるか? ミノリはクラスのみんなと打ち解けることができるか?……右手のミミズクからパワーを借り、タケルもミノリもクラスのみんなとともに前進する。
<優秀賞>
「縄文の子」
やまのべ ちぐさ
舞台は縄文時代。少年モンは土器作りの達人である父と弟のカオとともに海辺のムラで暮らしていた。海の神に感謝をささげるマツリの前夜、父の作った土器をひと目見ようと、神への捧げもののために準備された丸木舟に乗りこんだモンは、見知らぬムラに漂着してしまう。そのムラで土器を作り信頼を集めたモンは、黒曜石を探すという名目で旅に出る。しかし本当の目的は故郷をさがすことだった。一方、残されたカオは、マツリを台無しにされたムラ人たちの怒りから父が病死したと、兄をうらむ。そして、理不尽さと執念のあまり、兄を必死で探す。厳しい道中に経験を積み、人の情けを知るカオ。果たして兄と弟は再会し、赦しあうことができるのだろうか。
<優秀賞>
「なみだアメ」
金岡由実子(かなおか ゆみこ)
友だちとケンカし図書館の片隅で思わず泣いてしまった、小学6年生の大地。女性司書の守岡に見られ、不思議なアメをもらう。それは自分の涙から作られ、食べると涙がとまり、味といっしょにその原因もわかるという魔法のアメだった。守岡に「なみだアメ」の秘密を聞いた大地は、守岡から小さい頃に友だちだった冬樹をいっしょに探してほしいとたのまれる。守岡は冬樹から「なみだアメ」の魔法を教わったときに聞いた「魔法はいらない、僕は涙が出ない」という言葉がずっと気になっていたという。とうとう探し当てた冬樹は、長い間入院していて大地が想像していた姿ではなかった。自分がいまさら声をかけてよいのか、迷う大地に守岡の魔法が背中をそっと押してくれる。
(以上3作品)
最終選考経過と選評 山本省三
第1回ということで、どのような作品が集まるのか正直不安に思う部分もありました。
ところが、最終選考に残った7編は、どれも力作で、いきなりハイレベルのスタートとなったのは、大変喜ばしいことです。
その中から、大賞と優秀賞に選ばれた3編は、それぞれに違う魅力を持つ作品で、どれを推すか、選考委員を大いに悩ませました。
まず優秀賞に選ばれた「縄文の子」ですが、縄文時代を背景に選んだユニークさが高く評価されました。作品のスケール感があり、兄弟の葛藤がしっかり描かれている点も好評でした。構成力も十分で、「ものがたり」らしさでは群を抜いていましたが、土器づくりのエピソードが作品のけん引力になっていればと、惜しむ声がありました。
もう一編の優秀賞の「なみだアメ」は、最終に残った中では、意外に少なかったファンタジー要素のある作品でした。涙をアメに変える魔法を使う図書館司書の設定が魅力的で、ストーリーも大変面白いとの感想が多かったです。ただところどころ構成にほころびが見受けられ、ある意味そこが新人らしさを感じさせました。
大賞「右手にミミズク」は完成度では、他の6作品を大きく引き離していました。まず表題のうまさが目をひきます。そして、登場人物のキャラクターの描きわけがみごと。特にカギとなる主人公の手にミミズクの絵を描く女の子の父親の造形には、感心させられました。ストーリーの運びも読み手をぐいぐいひっぱっていく力があります。選考委員からは、「うますぎて新人らしくない」などとの感想が飛び出したくらいです。そして最近の児童書に多い家庭の問題をこの作品も扱ってはいるのですが、リアルではあるけれど、暗さ一辺倒ではないところも評価されました。その結果、最終的に選考委員全員の意見が一致を見て「右手にミミズク」が大賞に決定しました。
ほんとうにおめでとうございます。今後の児童文学界をけん引する可能性を持った新人の方々の登場に、大いなる期待を抱いています。
選評 高楼方子
候補作はいずれも力作で、選出は心苦しいものでしたが、最も完成度の高かったのが「右手にミミズク」でした。誇り高く個性的な少女と、気性の激しい研究者である父親との関係が徐々に浮き彫りにされていく展開には謎が解けていく面白さと緊張感がありました。父娘の人物像や、愛憎が絡み合う心情などを具体的な行動を通して掘り下げる描き方も秀逸でした。一方では暖かい人間関係がユーモラスに描かれていて、立体的な作品になっていたと思います。剽軽で懐の深い老人が特に魅力的でした。
「縄文の子」は、舞台を太古の時代に設定することで、兄弟間の心理的葛藤、美の追求など、幾つかのテーマをクリアに描いた、骨格のしっかりした作品でした。力強い文章に導かれてぐんぐん読み進め、最後に兄弟が再会した時は、思わず涙してしまいました。ただ、縄文時代の風景を、もっとありありと見てみたかったと思わずにいられません。
「なみだアメ」は、初めのうち戸惑いましたが、登場人物たちの存在感とそれぞれが抱えている問題が、ふしぎなほど真に迫っていて見過ごせず、やはり読ませる力のある作品だと思いました。
選外でしたが、「ダイヤモンドのかけら」は、個人的に好きな作品でした。
選評 石井睦美
大賞の「右手にミミズク」には、学級内での孤立や親からのDVなど、いまの子どもたちの多くが抱えているだろう問題が描かれている。主人公のタケルと祖父との掛け合いも面白く、またタケルの明るい語り口で、重くなりがちな物語を爽やかに読ませているところに好感が持てる。希望のある着地もいい。けれどこの作品のいちばん優れているところは、陰影に富んだ人物の造形にあると思う。多くは登場しないが、ミノリの弟の存在が印象的だ。
優秀賞の「縄文の子」は、最後まで緊張感を持って書かれていたことに、作者の力量を感じた。但し、時代設定となった縄文時代の描き方が足りない。縄文の暮らしをもっと臨場感をもって描けたら、そのなかで生きる登場人物ももっとくっきりと浮かびあがったのではないか。物語の最後、弟カオが兄のモンに対して怒りや恨みが解けていくところも、もう少しの丁寧さが欲しかった。
同じく優秀賞の「なみだアメ」、ごく当たり前の日常になみだアメという非日常がはいりこむあたり、とても自然に描かれていた。小学校6年生の子どもたちが抱える悩みや屈託を解くツールとしてなみだアメが必然だったのかは疑問が残る。なみだアメが際立ってしまうが、日常の描写のほうに魅力を感じた。